星々の本棚シリーズ3

金魚のまぶた

横井けい


「まぶたのある魚は獲っちゃいけん。彼らも元は、人間だでの」

人魚の伝説が残る手ノ町に住む、三人の小学五年生、都会から転校してきた自信家の「夏樹」、ほかに取り柄はないが水泳だけは得意な「いお」、地主の家の血筋で気の強い「コト」。泳ぎでいおに負けた夏樹はいおと親しくなるが、四年生の夏、いおは突然泳げなくなってしまう。土地の伝承を調べながら三人で作った人魚薬で、いおはふたたび泳げるようになるのだが……。

次第に解き明かされていく伝承の謎。駄菓子屋の水槽のなかの不思議な魚。禁忌を破ったいおに訪れる過酷な運命とそれぞれの決断とは。

しなやかな筆致で子どもたちの冒険を描いた長編ファンタジー。


作者からのメッセージ

幼少期、絵本も児童小説も図鑑も親の修学旅行のアルバムも、本の形をしているものとあればなんでもめくって読んでいたのをよく覚えています。紙の上のインクを目で追うのが楽しくて、そこからたくましい想像をキノコのように膨らませ、色々な本の中を子どもなりに冒険してきたつもりです。親曰く「相当没入して読んでいた」ようで、そのせいか読み物を終えこちらに戻ってきた時に、あちらの世界に色々と自分の一部のようなものを置いてきたように思います。その後は、忘れ物で空きができたリュックに再び荷物を詰め込むように、ゲーム、漫画、音楽、ドラマ、アニメ、映画と手を出す媒体が増えていきましたが、一つ何かに触れるごとにぽろぽろと何かしらを置いてきていたような気がしてなりません。割と真面目な話、あちらの世界にもうひとつ、忘れ物だけが置かれた実家が建てられているのではないでしょうか。

 

高校を卒業し、二年ほどぷらぷらしてからフェリス女学院大学へ進学しました。ぷらぷらしている間に親子向け寸劇のシナリオと演出を担当する機会があり(「夢を食べるゾウ」を名乗るカメレオンが街行く人々のお悩み相談に乗るという内容でした)、それが周りに大変ウケてすっかり調子に乗ったのです。ブタもおだてりゃなんとやらと言いますが、残念ながら私は人間だったので、木には登らず進路志望を農業系から文学系にあっさり鞍替えしてしまいました。浪人一年目のセンター試験実施三週間前、クリスマスの翌日のことです。「創作ゼミ」に入るぞ〜と意気込んでいましたが、大学に入るまで小説をちゃんと書いたことがありませんでした。

 

「金魚のまぶた」は、そんな私が大学の卒業論文として提出した作品です。今までに読んできたこと、書こうとしたことの集大成だから、地元でひと暴れしようかなと舞台設定を決めました。作品に登場する椹木屋敷や金魚屋などは実在の場所をモデルにしています。私の今住んでいる町には伝説や昔話だけでなく、古い木枠で封鎖された洞穴、常に薄暗い雰囲気の森、やたらと大事にされている庚申塔、山の上から見える古い配水塔なども残っていて、小学生が冒険するにはきっとネタの尽きない町です。せっかくだから好きなモチーフを詰め込んでしまおう。ひょっとしたら誰もが経験したような、でも初めて見るような、そんなワクワクする夏の話がいい。創作の世界から拾ってきた色々な経験、実際に体験したさまざまな出来事、今までリュックに詰めてきた中身をすべてひっくり返して、ぴかぴかのガラクタを並べた「お店屋さん」を開くようなつもりで書いていました。

店頭に置くものの基準はひとつ、「子どもの頃の自分がワクワクするかどうか」です。色々と用意したものが皆さんのお眼鏡に適うかどうかちょっぴりドキドキしていますが、ぜひ登場人物の彼らと一緒に冒険していただけると嬉しいです。

 

横井けい

星々vol.4 〈星々の本棚「金魚のまぶた」(横井けい)刊行記念小特集〉より


目次

序章

1章 人魚の伝説

2章 金魚屋

3章 人魚薬

4章 いお

5章 さかなのからだ

6章 水が合う

7章 決闘

終章


2023年11月発行 B6版 202ページ

定価1,540円

装画 フタツキ

装丁 mikamikami



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