140字小説コンテスト

季節の星々(夏)

 

 

 夏の文字

 

作中に「高」という文字を入れる

 

募集期間

2024年7月1日〜31日

 

応募総数

660編

 

選考

ほしおさなえ

星々運営スタッフ

 


選評

 

ほしおさなえ

 

選考のたびに、作品のなかに詰まった生命のようなものに触れます。ほっと心温まるものもありますが、心をえぐるような苦しみや、叫びを目にすることもあります。なにかをお返しすることはできないのですが、そうしたものに触れるたび、送っていただいたものを大事にしなければ、どこかに送り届けるために力を使わねば、と感じます。

 

入選。波璃飛鳥さんの作品。人間から見たら一瞬に感じられる時間のなかで、花火蟲は恋をし、子をなし、一生を終える。思えば、生き物はみなそれぞれの時間で生きています。認識のなかではそれぞれ長いときを過ごすのでしょう。星から見れば人間も花火蟲のようなものでしょう。奇譚でありながら現実と繋がっているところが作品の魅力になっています。空見しおさんの作品は黄昏どきに起こる怪異めいた物語です。鬼ごっこする仲間を呼ぶ指に集まってくるものたちが、人の形をしていたりしていなかったり、というところがおもしろいです。いったいなにと遊んでいるのか考えるうちに、読者も夕暮れの迷宮に迷い込んで行くようです。如月恵さんの作品。生きている鬼ヤンマの目の鮮やかさ。光を失った死骸の目。小さな生き物に対する観察眼が光る作品です。わたしたちとちがって、昆虫の身体は腐らずそのまま標本になる。昆虫の死骸を見ると、命がどこにはいっていたのだろうと感じます。命が幻だったと思えるほどに。

 

佳作。三日月月洞さんの作品は昔話を異化した物語。何の話だろうと思って読み進めていくと、あの昔話のヒーローが実は……。工夫された展開が素晴らしいです。紫冬湖さんの作品は焼成後の窯の空気を鮮やかに表現しています。音がきらきらした光のように感じられます。伏見サマータイムさんの作品。標高たった2メートルの山が本物の山に憧れ、壮大な幻を生み出す。その発想が魅力的です。草野理恵子さんの作品。「歩く木」という言葉に胸がえぐられるようでした。人間だったら死んでいたが、木だったから助かった、木になっていてよかった、という言葉も重く、人は皆こうして生かされているのかもしれない、と思います。たった140字で生きるものの地獄を描き切った傑作です。もちょきさんの作品。悲しい記憶が砂になってビーチに戻るということは、死んだ人の心は悲しみから解放されたということなのでしょうか。人魚によって皆の悲しみが混ざりあい、だれのものでもないビルになる。世界のありようが切り取られているように感じました。狭霧織花さんの作品。だれにでも訪れる衰え。しかし、ともに暮らすものの存在によって、人は歩き続け、のぼり続けることができる。弱さを包む優しさを感じます。森林みどりさんの作品。降ってくる小海老の死骸。水槽の魚を描いているようで、日常のなかで小さな喜びを待ち続ける人間の姿を描いているようにも思えてきます。そして、創作をするわたしたちの姿にも重なり、訪れを待つ静かな時間に思いを馳せました。

 

 

 四葩ナヲコ(星々運営)

 

「季節の星々」では作品に季節感が求められているのか、ということが話題にのぼることがあります。参加者の方と直接お話した機会に質問されることもありますし、X(Twitter)上で意見が交わされているのを見かけたことも。「季節の」と銘打ったコンテストですが、実は審査にあたる運営陣の中で「この季節にふさわしい作品」という観点はことさら重視されているものではありません(季節の描き方が受賞の決め手となることはもちろんありますが、その季節が開催回とずれていても、作品自体の評価が下がることはありません)。とはいえ、春に開催すれば春の、夏に開催すれば夏の作品が多くなるのは自然なこと。季節は創作にこんなにも豊かなインスピレーションをもたらすのだと、毎回の審査のたび、驚くとともに畏敬の念を抱きます。

今年も暑い夏でした。夏は自然の営みから強い生命力を感じる季節ですが、命のすぐ隣にある「死」が我々にぐっと近づく季節でもある。そんなことを意識させる作品が不思議に多かったように感じました。

 

波璃飛鳥さんの作品は、花火に棲む花火蟲という架空の生きものについて。花火蟲の命は線香花火の火が消えるまでの短い時間ですが、恋をし子をなして死ぬという生涯の全てをその時間に詰めこんだことがまさにスペクタクルです。はかない花火に命の終わりを重ねるだけでなく、次の世代への希望を託したところが作品の世界を大きく広げています。花火蟲の子どもたちは夜風に運ばれた先でどんな生を送るのでしょうか。

 

空見しおさんの作品は、黄昏どきのできごと。見えるものの輪郭が曖昧になる薄暗いひととき、人とそうではないものの区別も曖昧になるようです。子どものかたちをとらない影と遊んでいた僕の影も、いつしか子どものかたちではなくなる。影の本体である僕がどうなったのかには言及されず、読後にひやりとした余韻を残します。

 

如月恵さんの作品は、鬼ヤンマとの邂逅を描きました。エメラルドの複眼、黒と黄の縞模様といった描写により、鬼ヤンマの姿がくっきりと浮かびます。自分をぎろりと睨んだ目には今は光がなく、命への敬意を込めて亡骸をそっと土手道に置く。人も虫も、等しく夏を生きていたのだ、と感じました。

 

佳作では、草野理恵子さん、もちょきさん、森林みどりさんの作品が心に残りました。「木になっていてよかった」という僕の無邪気な諦念、死んだ人の悲しみを浄化して作るサンゴ礁ビル、人に飼われる魚の淡々とした絶望。いずれも命の営みのはらむ残酷さや矛盾に向き合った作品でした。

 


 

入選

  

 

波璃飛鳥

 

線香花火の中には花火蟲が棲んでいることがある。花火蟲が入っていると、火花がいつもより少しだけスペクタクルになる。パチパチと弾ける火花が消えるまでのあいだに、花火蟲は出会い、恋をし、子を作り、老いて死ぬ。花火蟲の子どもらは夏の甘い夜風にのって空高く舞い上がる。遠くへ、遠くへ。

 

 

空見しお

黄昏にひとりぼっちの日は、人差し指を高く掲げて呪文を唱える。「鬼ごっこする人、この指とーまれ」。集まってくる影は、子どもの形をしていたり、していなかったりする。「じゃあ、君が鬼ね」。選んだ影が僕に向かってうねるのを、かいくぐって笑う。僕の影は、もう、子どもの形をしていない。


 

如月恵

 

土手道で鬼ヤンマとすれ違う。肩の高さ辺り、道と平行に真っ直ぐ飛んで来た。譲れない縄張りでエメラルド色の複眼がギロリと動く。睨まれた。夏の終わり、亡骸が落ちていた。黒と黄の縞模様も鮮やかな完全標本だ。目の光だけが消えている。土手道にそっと置く。夕空高く昇って行く夏の幻影が見えた。

 


 

佳作

 

三日月月洞

 

その女は実に高慢な質であった。高慢なまま生き、高慢なまま、1人で死んだ。女は地獄に堕ちてなお高慢であったが、1つだけ生前と違った。鬼と結ばれたのだ。腹に子が宿りし頃、女は初めて、己が高慢を恥じた。が、当然閻魔は激怒する。女は桃にされ、その伴侶は島流しに。長い物語の始まりであった。

 

紫冬湖

 

重く閉ざされた窯の扉を開く。高温で焼成した空気の名残が漂う。まだ完全に冷めきらない空間で、棚板の上に鎮座する土物の器たち。どれ一つ同じ表情はない。色のむらも釉薬の垂れ方も十人十色な器たちが奏でる大合唱に、耳を澄ませる。釉薬に貫入が入る音が、まるで風鈴の見本市のように涼やかに鳴る。

  

伏見サマータイム

 

その山は、標高が二mしかない。海岸に広がる平べったい山だ。江戸時代に海の様子を見るために人工的に作られたらしい。満月の夜にこの山を登ると、鬱蒼と木々の生い茂る山の中に迷い込み、一晩中彷徨うことになる。手作りの山が、本物の山に憧れて化けるんだと、亡くなった祖父はよく言っていた。

 

草野理恵子

 

僕たち家族は歩く木になった。僕は体を斜めに切られていたので人間だったら死んでいた。木になっていてよかった。一部を失いながら僕は歩いた。それが仕事だ。「ほらいい子にしていないと歩く木になりますよ」見世物として町から町へ移動した。移動動物園みたいで胸が高鳴った。暑い夏休みが来る。

 

もちょき

 

みんな知らないかもしれないけれど、死んだ人の心は海にかえって、悲しい記憶だけ砂になってビーチに戻される。そのままにしておくと高く積もった砂浜は壁になって山になる。だから人魚たちがやってきて掃除する。砂をよく噛んで飲み込む。それを深海へせっせと吐き出すと、立派なサンゴ礁ビルが建つ。

 

狭霧織花

 

やけに高さのある階段を、のぼりづらくなったのはいつからだろうか。手すりもないので手をついて歩くうち、壁にはいつの間にか線ができていた。「ありがとうね」尻に感じたぬくもりは、相棒の鼻面だ。ぐいと押し上げられて自然、膝が上がる。もう少し頑張ろうか。優しい君が一緒に歩いてくれるうちは。

 

森林みどり

 

喜びは一瞬で、長い静寂が続いた。しばらくして、高みから天恵のように小海老の死骸が降ってきた。私は口をパクパク開けてそれを食べた。それからまた静寂が来た。透明な壁に突き当たっては、方向転換してまた泳いだ。訪れがいつあるか知らなかった。永遠のようだった。長い空白の中を私は待った。

 

第5期上半期「季節の星々」受賞作は、予選通過作とあわせて雑誌「星々vol.6」に掲載します。
サイトでは2024年12月31日までの期間限定公開となります。

下記のnoteで応募された全作品を読むことができます。

これまでの季節の星々

夏  2023年度 第3期 第2期 第1期


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