140字小説コンテスト
季節の星々(秋)
秋の文字
長
作中に「長」という文字を入れる
募集期間
2024年10月1日〜31日
応募総数
478編
選考
ほしおさなえ
星々運営スタッフ
選評
ほしおさなえ
140字小説は短い形式です。長い小説のような具体性を持たず、抽象的な要素が強くなります。細かいところは描かれず、読者は想像でそれを補うことになりますが、そのことによって詩に近い普遍性を持つことがあります。だれでもないからだれでもある。どこでもないからどこでもある。そのような形式だからこそ、短くても、驚くような奥行きが内包されるのでしょう。
入選。五十嵐彪太さんの作品。「付喪神にしてしまった」という言葉に、語り手が生きてきた長い年月を感じました。人が「もの」を慈しむ。結果、ものたちが想定以上の長いときをこの世で過ごし、付喪神になる。付喪神たちにはこの家の外に仲間はいないのでしょう。孤独な存在で、曾孫たちにも恐れられている。しかし、持ち主が年老いたあとも長靴同士慈しみあっている。滅んでしまった種族の生き残りのように。その姿が優しく、あたたかく、胸に沁みます。森林みどりさんの作品。森のなかの白い笛が沈む湖。それは語り手の脳、記憶の世界そのもののように思えます。おそらく語り手にとってもっとも大事なものが眠る場所。だからこそ語り手は、その中央で船を沈め、自分もそのなかに沈んでいくのでしょう。生き物の骨で作った楽器は世界に多々あり、チベットのカンリンという楽器は人の骨で作るそうです。命が尽きたあと、歌うものになる。そのようなことを想起させられる美しいお話でした。kikkoさんの作品。人の身体に触れながら、整体師が長い冬について語ります。人生の三分の一が暗闇、人は夏や秋や冬だけでなく、春の間にすら春を待ってる。その言葉が人の本質に触れているような気がしました。整体師は人の身体のなかを探ります。身体のなかも暗闇です。「春」について語るときだけ、その温かい暗闇に春が訪れるのかもしれません。
佳作。鞍馬アリスさんの作品は美しい奇想に目を見張りました。昆虫は生き物にも鉱物にも思えるときがあります。彗星であっても不思議はないのかもしれません。長尾たぐいさんの作品。「彼」は「子ども」として、「君」はだれでしょう。上の子ども? それとも……? 独特のユーモアを感じる好編です。terraさんの作品。ヘアドネーションに寄せる思いをストレートに綴った物語です。小説としてのひねりはあまりないのですが、気持ちが伝わってくる強さがありました。見坂卓郎さんの作品。長い長いタマ。読み終わって、絶対に猫じゃないよ、と突っ込みたくなりましたが、それもまた猫というものの本質なのかもしれません。かわむらしまえさんの作品。赤ちゃんが持って生まれてくる靴下という発想がとても素敵です。靴下には臍の緒のようなイメージがあります。次第に長くなり、さまざまな模様を描く。大事に生きてほしい、と思います。六井象さんの作品。痛みのある作品です。救いのなさに悲鳴をあげたくなりますが、これもひとつの現実でしょう。富士川三希さんの作品。古い巻物から生まれた不思議を描いた物語。花の咲く様子があざやかに描かれ、世界の広がりを感じました。
四葩ナヲコ(星々運営)
毎回のコンテストのたびにたくさんの作品を読みますが、その中で記憶に留まる(ひいては予選通過や入賞へ繋がる)ものの特長として、共感と驚きの二つの要素があると感じています。読んでいて「わかる!」という近しい気持ちを持てること、それでいて初めて出会う新しさがあること、それらを併せ持つ作品はやはり心に残ります。新しさとは決して奇を衒うことではなく、自分の想いをより効果的に読者に届ける方法を模索する中から、その人だけの表現、その人だけの物語が立ち上がってくることです。人と人のつながりの温かさ、喪失の悲しみ、季節の美しさといったように、多くの人々が心を動かす主題は実は似かよっていて、だからこそわたしたちはその気持ちを共有しあうことができるのですが、一方で、それらをどのように表現していくのかについては、さまざまな方法を選ぶことができます。今回入選した三作品はどれも、それぞれが伝えたいことを的確なかたちで物語に落としこむことに成功し、共感と驚きの両面で読み手の心に訴えてくる傑作たちです。
五十嵐彪太さんの作品は、やんちゃな黄色い長靴のキャラクターが魅力的です。「強情」という遠慮のない言葉から、語り手が我が子へ向けるようなまなざしで黄色い長靴を見守っていることが感じられます。現役の長靴やその持ち主ではなく「年月を経て付喪神になった長靴」を主人公にしたことで、現在の長靴の姿とかつてそれを履いていた子どもの姿、ふたつの時間を二重写しのように浮かび上がらせる効果が生まれました。小さな子どもと語り手が過ごしていたであろう日々を、大小二足の長靴がなぞるラストが温かく心に残ります。
森林みどりさんの作品は、現実にはない幻想的な光景を描いています。白い笛が並ぶ湖底へと沈みゆく舟。大切にしていたものに別れを告げる、いわばお弔いの儀式のようです。わたしが心をつかまれたのは「終わり続けている」という言葉遣い。一見平易な言葉の組み合わせですが、「終わっていく」でも「終わりへ向かう」でもなく「終わり続けている」としたのは、慎重に言葉を選びとったゆえのことでしょう。「終わり続ける」には、終わることを重ねていくという意味合いもありますが、ここでは「終わる」という時間が一点に収束しない、「終わる」過程がずっと続いていくような印象を受けました。長くゆっくりと笛を吹くことで、語り手は終わりの哀しさや寂しさと向き合い続ける時間を引き延ばし味わっているのかもしれません。
kikkoさんの作品は、一年のうち四か月とはすなわち一生の三分の一なのだという発見が核となっています。一生のうち三分の一を雪の中(作中の言葉では「暗闇」)で過ごすというのは、雪の降る土地に住まない者にとっては想像もつかないようなこと。雪国に生まれ、それを当たり前として生きてきた人々ではなく、異国から嫁いできたという外の視点を持つ人物に語らせるのが心憎い演出です。また、整体師という職業にからめて、春への期待を「肩甲骨が緩む」という身体的な実感を持ったフレーズで表わしていることも素敵でした。小さな変化ではありながら、雪解けやつぼみがほころぶイメージなども内包し、春という季節の持つポジティブな力がしっかりと感じられる言葉です。
佳作では、鞍馬アリスさん、見坂卓郎さん、かわむらしまえさんの作品に驚かされました。虫の翅のような彗星の尾ってどんな姿? タマはどうやってそんなに長くなったの? 赤ちゃんが持っているのはなぜ靴下なの? どれも理屈では説明のつかない、想像力に飛躍のある物語ですが、不思議に読み手を納得させる力を持っていると感じました。
入選
五十嵐彪太
小さな黄色い長靴は強情である。雨が降れば外に出たがり、水溜りに飛び込んでは軒先で逆さ吊りにされベソをかく。最初の持ち主の我が子は歳を取り、曾孫らはこの長靴を怖がる。思い出深く捨てられなかったせいで付喪神にしてしまった。足の弱った私に代わり、大きい長靴が小さい長靴を散歩に連れ出す。
森林みどり
森の中には青緑色に光る湖があって、水底には枯れ葉とともに、無数の白い笛が眠っているのだった。私は舟を漕いで湖の中央まで来ると、舟を深く沈めた。舟が湖底まで進んで行けば、私は笛を拾えるだろう。骨のような笛に唇を押し当て、終わり続けているもののために、私は長くゆっくりと笛を吹こう。
kikko
暗く長い冬が来ようとしている。この町では一年の内四ヶ月も雪が降っている。異国から農家に嫁いできた整体師は沈んだ顔の客の背骨を撫でながら、人生さんぶんのいちが暗闇と言う。住人達はいつも春を待っている。夏も秋も冬も春の間にすら。ぽつぽつと春の話をする時だけ、客の肩甲骨はわずかに緩む。
佳作
鞍馬アリス
彗星の尾が博物館で展示されていると聞いて、見に行った。尾は細長く、虫の翅のように見えた。私が行くと、ちょうど学芸員がギャラリートークをしていた。彗星は実は昆虫の一種で、尾は翅が進化したものなんですと学芸員が語る。私は彼女の話を聞きながら、宇宙を飛ぶ昆虫の姿を想像していた。
長尾たぐい
君の言う通り長ーーい目で君を見てきた。そしたら君が食器を片せる頃に彼は歩けるように、洗濯物を取り込める頃に彼は喋れるように、ごみの分別ができる頃に彼は字を書けるようになった。君の部屋が片付く頃には嘘をつけるようになる。「やったよ?」って君そっくりの口調で。長い目の準備はできてる。
terra.
長い長い髪を切った。ヘアドネーションをしようと、長い髪に願いと想いを込めてきた。切られ、ふさりと床に落ちてしまっても、気持ちはもっと長く続く。美しい髪が欲しいあなたへ。髪に携わるあなたへ。誰かの、長い笑顔のために。だけど本当は、髪があってもなくても受け入れられる世界を祈っている。
見坂卓郎
実家のタマのひたいをなでる。頭がここだから、しっぽはたぶんブラジルにある。伸びをすると、反対側からしっぽが来た。長さはちょうど地球一周。頭としっぽに触れているとうちの猫って感じがする。けれど、実際には飼っていない部分がほとんどだ。本当にうちの猫なのか、そもそも猫なのか、あやしい。
かわむら しまえ
人は生まれてくる時に、靴下を持っている。それは少しずつ長くなっていく。しかし、その価値は長さではない。色とりどりで異なる素材に、世界にひとつだけの模様がある。穴があいたら縫い合わせ、中で何かを守り温めることもある。まだ小さいそれを、すべての赤ちゃんは、手の中でギュッと握っている。
六井象
ぬいぐるみ工場の前に沢山の子どもたちが並んでいる。 色々な理由で世間から忘れられた子どもたちだ。 彼らはこれからあの工場で、長い時間をかけて体をほどかれ、やがてぬいぐるみを縫う糸になる。 今年もクリスマスの季節がやってくる頃には、おもちゃ売り場は子どもたちで賑やかになるだろう。
富士川三希
蔵には数百年前の巻物が一本、大切に保管されている。ある時、不注意で紐が外れて長い本紙が地面を駆け、蔵の端まで広がった。見る間に墨で描かれた見たことの無い花々が、根を伸ばし蔵に咲き誇る。次いで水彩絵の具を垂らしたように色付き香りが漂い、唐突に理解した。今は無い、数百年前の花なんだ。
2024年度下半期「季節の星々」受賞作は、予選通過作とあわせて雑誌「星々vol.7」に掲載します。
サイトでは2025年6月30日までの期間限定公開となります。
下記のnoteで応募された全作品を読むことができます。
これまでの季節の星々
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