140字小説人気投票対象作品

投票はイベント当日のみとなります。

投票方法は後日発表いたします。

 

対象作品一覧

※筆名は応募時のもの

 

01

石森みさお


ある朝みんなが自分の名前を失くしてしまって、だから代わりに名付けの由来を名乗るようになった。健康な男です。優しい人です。苺のように可愛い子と名乗った人は少し面映ゆそうだ。明るい方へゆきなさい、と願って付けられた私の名前は何処へ行ったのだろう。花の咲くような響きだった、私の名前は、

 

02

右近金魚


妖精が売られると聞き市場に走った。恋や光の妖精は即完売。黒っぽいのが一羽残っているだけだった。「私は詩の妖精です」


妖精の口の中には夜明けが満ちていた。星々の奏でる音楽も聴こえた。詩は小さな器に何て巨きなものを納めてしまうのだろう。心の鈴が震えた。妖精は今も私の書斎に棲んでいる。

 

03

kikko


黒魔術に手を染めた母は妙に明るくなった。疲れと肩こりが消え、前向きになり、一切怒らなくなり、体重は半減した。隣人の死体を庭に埋めつつ「人間って重いわ!私、軽くなったから介護する時楽でしょ。黒魔術に感謝」と笑うので、黒魔術士って介護されるんだ、と言ったら激怒された。少し嬉しかった。

 

04

音


ひしゃげた自転車を引くのは重い。すりむいた膝小僧に風がしみる。泥だらけの手で涙を拭うと、見上げた群青の空で宵の明星がぴかりと光った。今夜はカレーだってさ。星の言葉に背中を押され、夕餉支度の明かりを目指す。一歩一歩。ぎーこぎーこ。夜に沈んだ街に漂うカレーの匂いを頼りに歩く。

 

05

モサク


夜勤明け。まばゆい日に背を向けて、開店直後のスーパーに立ち寄る。売れ残りの野菜と肉を買った。ゆっくりと食事をしてから風呂に入ろう。体の中でまだ終わっていない昨日を、洗い流すのだ。そのあとは、やる気に満ちた今日という日を、遮光カーテンで断ち切って眠る。俺が今日に追いつくことはない。

 

06

若林明良


もぐらはじゃがいも畑の隅に転がされた。土の中も温かかったが、ここはもっと温かい。陽気が自分を包み、遠くで何やらぴいぴい鳴いている。小さな羽虫が鼻先をかすめた。この地上が明るさに満ちた世界であるのが盲の自分にもわかった。自分はこのまま死ぬのだろう。しかしそれも悪くないと彼は思った。

 

07

緒川青


 ある日の朝、バス停から椅子が消えていた。田んぼの畔に、雑草に埋もれて置かれていた深緑色のパイプ椅子。椅子の持ち主の老婆を、最近見ないことを思いだした。上京して、明日からこのバスを待たなくなる、俺は老婆を忘れるだろう。何も無くなった畔の写真を撮る。俺は忘れられたくなかったのだ。

 

08

六井象


テレビの天気予報。明日、私の町の地図の上に「骨」の字。母がつと立ち上がって、どこかに電話をかける。「夫のは、降りますか?」受話器から向こうの声。「お名前を教えてください」母は電話を切る。そして自分の椅子に座って、しくしく泣く。「骨」の日は、いつもこうだ。

 

09

と龍


明暗が別れる瞬間とはこのことを言うのだろう。新学期の自己紹介で早速噛んでしまった。笑いに変わることもなく気まずさだけが残った。しょんぼりと座ると、次は隣の席の人が立った。堂々とした真っ直ぐな姿勢だった。でもその人も噛んだ。彼女は座るとこっちを見て小さく微笑んだ。窓から桜が見える。

 

10

如月恵


明るい満月が藍色の夜空に昇り、カーテンの間から差し込んだ月光は暗い壁を四角く照らし、白い窓が開いたみたい。両手で影絵を作ってみます、狐、犬、鳥。夜に目覚めたうちの猫が鳥を狙います。月光の窓に猫が飛びかかり、鳥は逃げてしまいました。以来、私の手には影がありません、誰にも内緒です。

 

11

あやこあにぃ


ドン。花火の鈍い音が、遠慮がちに家の中に流れ込んでくる。私はこの一年で骨が浮いたシロの横腹を撫でる。名前を呼ぶと辛うじてしっぽを振る体を腕に抱けば、ドン、と次の花火が上がる。去年は一緒に見たそれを、今年は瞼の裏に浮かべる。永遠に続くと思っていた当たり前の名残を、精一杯抱きしめる。

 

12

明日香


疎遠になっていた友人と久しぶりに会うと、彼は電車になっていた。「ずっと夢だったんだ」ブレーキ音で話す友人を、僕は祝福した。そうか、友人が線路に身を投げたというのは悪い夢だったんだ。彼の体に揺られながら終点を目指す。窓ガラスに滴る雨を見ながら、彼が寒くなければいいと願った。

 

13

酒部朔


祖母の家の電話番号をまだ覚えている。もう家はない。レースのついた黒電話が鳴るのを想像する。遠くの土地で突如鳴り出す電話のベル。暖かな食卓にかかったら、ごめんなさいを言って切ったらいい。もう忘れよう。もしも誰も出なかったら。真っ暗な部屋で鳴り続けたら。もしもその後誰かが出たら。

 

14

ヤマサンブラック


最終レースで交通費まで使い果たした俺は、自転車を盗んだ。ビニール傘を壊し、その金具を使えば鍵は開く。自宅までは三時間。汗が目に沁み、顎から滴り落ちる。俺は自転車を停め、Tシャツを捲りあげ顔の汗を拭った。まだ明るい空に、白い月が浮かんでいる。俺は再び漕ぎ出した。月ほど、遠くはない。

 

15

世原久子


夏日の終わりの草いきれ、蚊取り線香の煙、夕飯を作る匂い。日が暮れた後の町はいろんな気配が潜んでいて、早く帰ろうとしていたくせに遠回りをしてしまう。濃密なのに透き通る夜の始まりの紺は、遠くに浮かぶ一番星がよく映える。この町に溶け込んでいるかふと気になって足元を見遣り、次に空を仰ぐ。

 

16

しろくま


遠い昔、この土地には水神様がいた。水神様のおかげで田畑はうるおい、村人たちは毎日おいしい食物と水を得ることができた。そんな水神様はもういない。十年前に神を辞めて、普通の人間となってしまったのだ。今は、我が家の水道水をおいしくしてくれる便利で優しい私の旦那である。いつもありがとう。

 

17

高遠みかみ


遠花火って季語あんねんけどさ。俳句の。秋の。先輩が俳句書いててん。で先輩なんて意味っすかって。遠くに見える花火のことやで、ってそのままなこと言われて、なんかしゃれてますねって言ってん。俺は近くで見たいけどなぁって返されて。なんかふられた気分なって泣いたって話。そんだけ。

 

18

yomogi


帰宅すると遠野の河童が胡瓜を齧りながら水風呂に入っていた。「やあやあお疲れさん」と労う姿は上司にそっくりで、俺は苦笑しながらもエビアンで再会の乾杯をした。毎年夏になると、冷蔵庫に丁度入るだけの魚を持って河童はやって来る。幼い頃、乾いたお皿に水を掛けてやった恩を忘れない律儀な奴だ。

 

19

チアントレン


文字を読むことを辞めようと思った。漢字でもアルファベットでもない国に越して、すれ違う誰かの顔色すらぼやかして、無限遠の大自然だけを眺めた。

文字のない日々は得た。それだけだった。

気付けば山の季節を読み、草木の盛衰を読み、海の機嫌を読み。僕の脳はとっくに、読み続ける形に歪んでいた。

 

20

祥寺真帆


毎晩、望遠鏡をのぞいている。ゆっくり二回瞬きをし明日を見る。子供の頃はいいことがあるか、社会人の頃は嫌なことがないか、家庭を持ってからは大切な人が元気かどうかが気がかりだった。今はというと、明日も自分がそこにいるかを確認している。急なことは苦手なのでちゃんと準備をしたいのだ。

 

21

石森みさお


熱波から一転、厳しい寒さがやってきて、街は文明を壊す程の深い雪に埋もれてしまった。世界の半分がそんな様子で、寒い代わりに争いの火は消え、みんな静かに身を寄せ合っている。僕は懐に猫と空腹を抱いて束の間のぬくみに微睡むけれど、この子の餌が尽きたら僕も武器を持つのかな、とふるえている。

 

22

ケムニマキコ


深泥池の浮島はな、植物の遺体が積もってできてるんやって。ほんでな、そこに根を張って、新しい草木が生えるねん。私らも、そんな風にしよな。私が一つの島になって、あんたの居場所になったげる。ズタズタにされた上履きを放り投げ、私達は駆け出した。キンモクセイの匂いは、夕方みたいやと思った。

 

23

想田翠


深夜まで勉強していると、母が夜食を作ってくれた。基本的に温かいうどんかおにぎりで、たまに登場する焼うどんの特別感ったら…。踊る鰹節が回想を連れてきた。階段を上がる足音を聞いて、今頃慌てて漫画を隠しているはず。経験者だからわかる。それでも、「味方だよ」のエールを送る心は変わらない。

 

24

富士川三希


少し角が丸い風を深く吸いこむと、肺に透き通った朝が流れこみ波立つ稲の薫りが鼻をかすめる。あの地はアスファルトの下へ消え、あの人は空の上。そのあいだを随分歩いてきたものだ。思い出すたびに胸が締めつけられても一生手放すことのない記憶が、今日も私の足を前へ進める。ほてほてと生きるのだ。

 

25

リツ


深夜に食べたいちご大福は味がしなかった。いつもは夕食の後にお茶を飲みながら味わって食べるいちご大福を、今日は作業として食べた。長すぎる夜の過ごし方が分からなくて食べた。気を紛らわすために食べた。鼓動を落ち着かせるために食べた。美味しくて幸せな思い出に上書きされて、悲しくて泣いた。

 

26

坂本真下


深海行きのバスに俺は飛び乗った。跳ねる息を落ち着かせながら席に座る。もう何年も使っている肺なのに、まだ呼吸は慣れないらしい。砂浜を出発したバスは底へ向かって走り、光が車内灯だけになって暫く一匹の人魚が窓を叩いた。遠い昔俺が捨てた尾鰭を持ったままの兄が手を振っている。会いに来たよ。

 

27

はぼちゆり


ガチャリと家のドアを開けると、私がいた。話してみると、とても趣味が合い、時間を忘れて語り明かした。目覚めるともう夕方で、もう一人の私はいなくなっていた。呑んだ後始末をしながら「私の方が消えればよかったのに」と深い溜息を吐いた。もうすぐ日が暮れる。ガチャリと家のドアが開いた。

 

28

鈴木林


深夜営業のみのファミレスには家族が集まった。一人暮らしの父、ひとつところにいない母、身長2メートルの娘、煙草を食べる息子、漢字を編み出す犬。フライドポテトを掛け金にしてトランプで遊ぶ。朝になるとドリンクバーが調子を崩し薄い炭酸を吐き出すので、皆はしぶしぶ個別会計しそれぞれ帰った。

 

29

瓦夜


深い涸れ井戸の底に私は居る。光を求め見上げると、丸い空は人々の顔で埋まっている。彼らの唇は絶えず動き、様々な意見が交わされている。話し合いが終わると、彼らの瞳から、雫がぽつぽつ落ちてくる。その涙で涸れ井戸に水が溜まり、私は地上へと浮上する。これで助かる。千年後くらいには、恐らく。

 

30

あきら


砂利の上に、死んだオニヤンマがおちている。夏の間空を抱いていた羽は深く透きとおり、アキアカネが秋空を無数に泳いでいくのを、大きな眼で睨みつけている。あれだけきらめいていた夏が、呆気なく空っぽになりそこにおちていた。鮮やかな秋に責め立てられ、わたしは恐ろしくて、母の手を握る。

 

31

森林みどり


その夏はずっとおくるみを編んでいた。白と浅葱色の毛糸で花柄の五角形をいくつも作り、繋いだ。鉤針は糸をすくい、次の糸を絡ませて黙々と広がって行った。お腹は丸く膨らんでいたけれど、私はそれが産まれるのだとうまく実感できなかった。私は見知らぬ誰かをくるむためのおくるみを夏中編み続けた。

 

32

南鏡花


歯と歯の間は、広大な宇宙そのものだ。歯に何かが挟まったと言う患者の内、半分近くの歯間には月や星が挟まっている。昨日来た女の子の奥歯には満月が挟まっていた。フロスで取った満月を見せると、表情が明るくなった。今後はよく磨いてねと言ったが、満月に見惚れていて、話を聞いていたかは怪しい。

 

33

祥寺真帆


そのときになったら必ず誰でも翼が生えますと教わった。「そのとき」がいつなのかわからないし、広げた翼は自分にしか見えないらしかった。大人になり忘れていた。言葉より先に手が伸びるほど守りたいものができた。ひるみそうな鏡の中の自分に強くうなずき、気づいた。血の滲む勇気の先に翼があった。

 

34

野田莉帆


天国へは写真を一枚だけ持っていける。記憶は薄れてしまうから、写真に映っている小さな女の子が誰なのかはもうわからない。それでも、天国へ来てからの習慣は染みついている。写真の縁を撫でて、いつも願う。花が綻ぶように笑う女の子が、幸せに暮らしていますように。広く澄みきった空の上で、想う。

 

35

青塚 薫


ばら撒かれたパン屑を喜んでついばみにいくと、大き過ぎてついばみ切れない時がある。そんな時はひどくがっかりする。なぜもう少し細かく千切ってくれないのかと腹が立つ。でもこの広い鳩の世界、何も君だけじゃない。他の鳩にとっても日常茶飯事さ。それでも僕らは、ついばまずにはいられないんだ。

 

36

河音直歩


タクシーで祖父の葬式へ向かう。後部座席は父と姉と並んでぎゅうぎゅう、快晴の日射しが強い。父は見たことのない背広姿で「お義父さんが結婚祝いに作ってくれた。大事にしまっていて、今日、初めて着た」と苦しそうに笑う。埃ひとつ付くたび父は、姉も私も、手を伸ばして払う。何度も何度も払う。

 

37

鈴木林


立入禁止区域の雪を渡り、私たちは家へと戻った。割れた窓から侵入する。すっかり氷漬けになったリビングで、喧嘩の時につけた壁の傷や、あの日食べようとしたご飯がそのまま固まっている。持って来た布を広げて私たちは座った。体温でほんのわずか溶けた床の表面が澄んで、カーペットの赤色を見せる。

 

38

笹慎


コタツにむいた蜜柑の皮を広げる。薄皮はそのままで食べるのが好きだ。

天板に顎を乗せた犬が私の口へと運ばれていく蜜柑を懸命に見つめている。そっぽを向いて蜜柑をあげようとしない私にため息をつくと、父は彼に一粒の果肉を与えた。

今はもうどちらもいないコタツで残された母と私は蜜柑を食べる。

 

39

石森みさお


友人がオナモミの実になってしまった。感受性の葉を広げすぎて心が傷だらけになったから、しばらく殻にこもることにしたのだそうだ。実から伸びる棘はしがみつく爪にも見えて、そんなになってもまだ人を求めるのかと胸が痛む。水をやれば芽吹くのかも知れないが、彼女の自由か、と思いそっとしている。

 

40

海街るり子


広瀬くんは背が高い。広瀬くんは足が速くて、数学が得意で、国語が少し苦手。冬生まれで、みずがめ座で、B型の男の子。おばあちゃんと暮らしていて、学校まで自転車で通っている。真面目だけれど、授業中たまに頭が揺れている。広瀬くんは優しい。私に花を手向けてくれた。広瀬くんは、私のものだ。

 

 

 

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